〜街角ドキュメンタリー〜
素人名言劇場
【番外編_タクシードライバー百景】
世の中には、偉人の名言集や成功者の格言があふれています。でも、心に残る言葉は、有名人だけのものではありません。私はインタビュアーという仕事柄、これまで数え切れないほどの著名人に話を訊いてきました。そのいっぽうで、プライベートでは、肩書きも名前も知らない「素人」の方々にもインタビューを続けています。なかでも、ここ数年ライフワークのように続けているのが、タクシードライバーへのインタビューです。乗車時間はわずか数十分。それでも、運転席には仕事や家族、後悔、夢など、時代の空気が詰まっています。何気なくこぼれた一言に、その人の人生が凝縮されていることも少なくありません。ここではそんなタクシーでの一期一会を記録していきます。偉人の名言ではなく、どこかの街で今日もハンドルを握る誰かの人生と言葉を。
ドライバーNO.02:吉本明さん(仮名)/44歳
乗車日時:2017年8月
乗車区間:渋谷→自宅
乗車時間:20分
――この日も深夜まで痛飲して明治通り沿いうろうろしていたところ、目の前に一台のタクシーが滑り込んできました。シートに体を埋めミラー越しに映るドライバーさんは、綺麗な刈り上げの短髪が特徴的な若い男性。お笑い芸人「ザ·マミー」の酒井貴士さんを少し細くしたような顔立ちです。現在44歳、ドライバー歴は10年。いくつかクルマの運転を必要とする職を転々としていたそうで、直近では配送業をしていたそう。
「そりゃあ、運転が好きなんでしょうね。きっと」

――なぜクルマの運転にまつわる仕事をしてきたのか訊くと、吉本さんは言わずもがなといった感じで、ひと懐っこい笑顔でこたえる。
「営業っぽい仕事だったので車で移動が多かったです。ただ営業といいつつも、ほとんどがお客さんのところを回って商品を納品するだけでした。その後もトラックで配達みたいな仕事をしたり」
ーー運転が好きになったきっかけは特にないという。
「”男の子あるある”じゃないですけど、子どもの頃、ヒーローものやロボットとかに憧れを抱くように、自然とクルマに興味が湧いたのだと思います。最初はスーパーカーのミニカーだったと思います。あと少し年齢が上がってくるとF1など、モータースポーツをみることにハマって、18歳になったら免許は取るのは自然な流れでした。その後、お弁当屋さんのアルバイトで軽ワゴン車を運転するようになって、やっぱりそれがすごく楽しくて、自分で中古車を買って乗るうちにさらに好きになっていきました」

ーー二度の転職を経て現職に。前職は、体力的に続けることが難しかったと振り返る。
「運送業をしていたのですが、30代に入ってから体力的にちょっときつくなって。運転もしますが、車両への積み込みや荷降ろしも多かったので、腰など色んなところを悪くしちゃって。あとは会社の規模が大きくなって、同僚や先輩など、自分が仲良くしていた人がみんな異動になったり、辞めちゃったりして。自分は少し出世をしてからはハンドルを握らず管理職に就いたのですが、これが性に合わなくて。それで転職したいと思っていたら、今の会社で募集があったので」
ーー実際にタクシードライバーになり、最初は戸惑うことも多かったそう。「やっぱりお客さんがちょっとね」と、苦笑いを浮かべつつ。
「今までは乗せていたものが荷物だったわけじゃないですか。タクシーはお客様を乗せるのが仕事ですからね。最初の頃は、酔っ払いや急にキレたりする人が乗ってくると厄介でしたが、でもそれも慣れちゃいました。面倒なお客さんっていくつかパターン化されているので、それに当てはめて対応しています」

ーー今後の目標について訊くと「目標というか夢みたいなのですけど」と言いつつ。
「個人タクシーのドライバーですね。今よりも自由になりますし、会社にいるよりも(お金の)取り分が大きくなりますから。ただ実際それもかなりハードルが高くて。10年間無事故無違反じゃなきゃダメとか、自宅と車庫が一緒じゃなきゃいけないとか。自分は、試験の資格取得まであと2、3年なんですけど」
ーー休みの日はもっぱら寝ているか、体を動かすかのどちらか。
「何もなければ家で寝ているか、同僚と野球やフットサルをやっています。体力仕事なので定期的に体は動かしておかなきゃっていう気持ちが強くて、半分義務みたいなものですね(笑)。お酒も飲みませんし、趣味も特にありません。たまにクルマの運転もしますが、何か目的がない限りほぼしません。年に2~3度、一人でドライブをするくらいでクルマに乗る時間は以前よりも減りました。別に運転することが嫌いになったわけではなく、仕事の運転だけで満たされているのかもしれません」

ーー44歳の吉本さんは現在独身だそう。余計なお世話は承知で結婚についての思いを訊くと「そんな願望はないですよ(笑)」と一蹴された。
「昔は彼女が欲しいとか淡い願望はありましたが、今はもうなくなっちゃいましたね。やっぱり経済的な部分が大きいです。いまの時代、都内でタクシードライバーをやりながら、家族を養うのはかなり大変だと思います。給料は売上に対する歩合なので、やった分だけもらえますが、体力的にそこまで持ちませんから。ありがたいことに両親もそこまでうるさいことは言いませんし、親が建てたものですが都内に持ち家もあるので、とりあえず今は淡々と仕事をこなして、個人で独立することだけを考えています。彼女や結婚はその次ですね」
★好きなことを仕事にしていた吉本さんは、自身の人生観と現実をしっかりと見据え、地に足の着いた人といった印象。仕事もプライベートも大充実。いつか、個人のタクシードライバーになった吉本さんに会える日が楽しみです。
