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〜街角ドキュメンタリー〜
素人名言劇場

【番外編_タクシードライバー百景】

世の中には、偉人の名言集や成功者の格言があふれています。でも、心に残る言葉は、有名人だけのものではありません。私はインタビュアーという仕事柄、これまで数え切れないほどの著名人に話を訊いてきました。そのいっぽうで、プライベートでは、肩書きも名前も知らない「素人」の方々にもインタビューを続けています。なかでも、ここ数年ライフワークのように続けているのが、タクシードライバーへのインタビューです。乗車時間はわずか数十分。それでも、運転席には仕事や家族、後悔、夢など、時代の空気が詰まっています。何気なくこぼれた一言に、その人の人生が凝縮されていることも少なくありません。ここではそんなタクシーでの一期一会を記録していきます。偉人の名言ではなく、どこかの街で今日もハンドルを握る誰かの人生と言葉を。


ドライバーNO.1:林幸三さん(仮名)/81歳
乗車日時:2017年1月
乗車区間:渋谷→自宅
乗車時間:20分


――話し方や風貌が、どこかアンガールズの田中卓司さんに似ていた林さん。御歳81歳。ほろ酔いだった私に対し、ときに穏やかな口調で、ときに舌鋒鋭く接客をしてくれました。乗車後、とるに足らない世間話をするなか、まずはタクシードライバーになった経緯から訊きました。

「サラリーマン上がりだからそんなに長くはないよ。でも個人タクシーだけで35年。もともとは営業の仕事をしていたんだけど、ほら、不景気になっちゃったもんだから。いつか辞めようと思っていたんです。それで、辞めるならちゃんと退職金が貰えるうちにと思って。運転が好きとかそういうことはないですね。私らが始めた当時、タクシードライバーってお金になる商売だったの。ただそれだけ。子どもは育てていかなきゃならないでしょ。今は女房と二人分。息子は埼玉に家を建てちゃっているから心配ないけど」



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ーー出身は島根だが、高校卒業後に上京したのを機に、ずっと東京住まい。社員ドライバーを10年勤め、その後、個人ドライバーとして35年働いているという超ベテランだ。「あなたがまだ、お母さんのおなかに入っていない頃に私は運転免許を取っているからね」と優しい笑顔で語る。81歳とは思えない快活さ。エネルギーの源について訊くと「何もないよ」ときっぱり。

「昔から腐ったものでも食べてきたから、内臓は丈夫なんだよ。戦時中の物がない時に育っているからね。当時はなんでも食べた。今の人たちは贅沢なことを言ってるけどさ、私らのときは大変だったのよ。腹は減ってしょうがないけれども、食うものがないんだから」



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ーー優しく穏やかだった林さんの口調が、この辺から徐々に熱を帯びてきます。

「今の若い子はみんな生意気なことを言うけど、もしロシアに占領されていたら今の日本はないよ。アメリカに占領されていたから、今の日本があるの。それをみんなわかってねえんだよ。ロシアなんかずるいもんだよ、北方領土だって返さないし。何回も交渉して、話はOKになっているんだけど、大統領が変わっちゃうともとに戻っちゃうって。どういうことだよ全く」

ーー改めて脱サラした時期について聞くと「オリンピックを過ぎてすぐですよ」というと、林さんの言葉に再び熱がこもる(どのオリンピックかは不明だが、1976年に開催されたモントリオール(カナダ)オリンピックか、1980年のモスクワ(ソ連)と推測)。どうやら、オリンピックにはいい思い出がないそう。

「だいたいさ、オリンピックは良くないのよ。2020年の東京が終われば絶対に不景気になるよ。(石原)慎太郎なんかわかっているくせに、前にでて音頭取っちゃってさ。ふざけるなって感じだよ。地方もお金がないからなんとかしてくださいってさ、誘致しておいて会場問題でも揉めて。無責任なやり方を慎太郎がやってきたんだから。すべてそうじゃない? 豊洲の移転問題だってそうでしょう!? それを今、小池(百合子)さんが一生懸命やっている。慎太郎のバカが決めたことを「早くやれ」って。全くイカれてるよ」



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ーータクシー業界の景気について訊くと、ここでも話を遮りつつ「全然ダメ!」と一蹴。

「まずロング(長距離)のお客さんが少ないから。もちろんいることはいますよ、一昨日は埼玉の坂戸まで行っているし、今日は(神奈川県)長津田駅までっていう人もいたし。タクシーに乗る人は電車が動いていたって乗ってくれるから。そういう人を早い時間に捕まえなきゃダメだよね。昔はたくさんいたんだけどさ、いまはからっきし」



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ーー若い時の自分に教えてあげたい人生の真理があるとすれば、どんな言葉をかけるか訊いた。すると少し間をあけて、いささかトーンを落としながら。

「うーん……。『これ』ってことは特にないけど、強いていうなら大学は行っておいた方がいいっていうことかな。俺は高卒だったから。当時ちょっと名の知れた大学さえ出ていれば、有名企業に入れてお金もたくさんもらえたんですよ。出版社時代、同期でも高卒と大卒では毎月の給料から昇給まで、待遇が全然違いましたから。そこに関してはちょっと言ってやりたいかな。もしかしたら今こうしてタクシーの運ちゃんなんてやってなかったかもしれない(笑)」

ーー自宅到着間近、最後に将来の夢についてたずねると、林さんが再び息を吹き返した。

「夢なんてないよ! だって81歳ですよ私。寿命なんか2~3年じゃないかな。とにかく男は死ぬまで働くのよ。女房と二人分ね。もうそれだけ!」





★2017年といえばコロナ禍前で、大谷翔平もこの年の11月にメジャー挑戦を表明し、真価が問われていたころ。まさかあの当時、世界的パンデミックが起こり、東京オリンピンク2020が延期になるなんて夢にも思わなかったはず。林さんは途中、質問と返答の内容が噛み合わなかったりするなどありましたが、白髪を黒く染めあげた髪とハキハキとした口調は、とても81歳とは思えませんでした。あと、政治の話になった時は、戦後の日本を生き抜いてきた人間の逞しさをひしひしと感じました。


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