〜街角ドキュメンタリー〜
素人名言劇場
【番外編_タクシードライバー百景】
世の中には、偉人の名言集や成功者の格言があふれています。でも、心に残る言葉は、有名人だけのものではありません。私はインタビュアーという仕事柄、これまで数え切れないほどの著名人に話を訊いてきました。そのいっぽうで、プライベートでは、肩書きも名前も知らない「素人」の方々にもインタビューを続けています。なかでも、ここ数年ライフワークのように続けているのが、タクシードライバーへのインタビューです。乗車時間はわずか数十分。それでも、運転席には仕事や家族、後悔、夢など、時代の空気が詰まっています。何気なくこぼれた一言に、その人の人生が凝縮されていることも少なくありません。ここではそんなタクシーでの一期一会を記録していきます。偉人の名言ではなく、どこかの街で今日もハンドルを握る誰かの人生と言葉を。
ドライバーNO.03:坂本慎一郎さん(仮名)/74歳
乗車日時:2024年4月
乗車区間:恵比寿→自宅
乗車時間:20分
――飲酒後の深夜、この日はなぜかタクシーが全く捕まらず、広尾から恵比寿方面へ歩いている途中に、ようやく一台のタクシーを発見。俳優の柄本明さんのような見た目から、高齢ドライバーであることがすぐにわかりました。聞けばドライバー歴は26年だそう。

――「今年で74歳。会社を辞めたのが平成10年、48歳のとき。来年で定年です。そんなに長くやるつもりはなかったんですけど」と静かに語り始めた。まずは前職を辞めた理由から訊くと、大病を患ったことが大きかったという。
「大腸がんでね。それまでは元気で働いていたのに、ちょっと具合悪いなと思って医者に行ったらそのまま入院。手術をしてからしばらく入院して、退院後も定期的に病院に通っていましたが、再発はしていないですね。先日も検査をしましたけどOKでした。先生がいうには完全に根治したみたいで。原因はよくわからないみたいだけど、仕事のストレスじゃないかなって。手術の前に注入腸検査ってやるんですよ。ケツから棒突っ込まれて、バリウムを入れられるんですから。それでレントゲンを何十枚も撮って。大腸にコブがあってその先っちょにガン細胞があって。私は初期段階だったので大丈夫でした。手術は成功してしばらく経ったら復帰しようかと思いましたが、そのまま辞めました」
――退院してから、それまでいた会社に復帰する気持ちはさらさらなかったと振り返る。
「それまでは営業の仕事をしていたのですが、あまりうまくいっていませんでしたし、会社の業績も悪かったのでちょうどいいよかったですよ。あと、タクシーの方が体力的に楽なのでね。ただ、楽すぎるのも良くないですね。運動不足になっちゃって」

――来年からはハンドルを握らず、運動もし放題。悠々自適な生活が待っているわけだが、やりたいことについて聞くと意外な答えが返ってきた。
「『あつもり(『あつまれ どうぶつの森』)』くらいですかね。あれが大好きでね。ずっとやっています。老後の娯楽が『あつもり』だけじゃダメだと思って、スーパーマリオも買ってきたけど、マリオはボタンが多すぎるのと、スピードが速いからダメでしたね。昔、ファミコンでスーパーマリオをやってはいたけど、クリアはできませんでしたし。あと何かムカつくって敵にやられるとね、腹立って仕方ないですよ」
――『あつもり』の話になると、あからさまに口調が強くなった坂本さん。ゲームの魅力について訊くと「何が面白いんだろう……」と自問自答をしながら。
「自分でもよくわかってないんですけど、ついつい毎日やっちゃうんです。最初はね、何もない島でお金を貯めて、鉄鉱石を集めて、木を切ったり道を敷いたりして自分勝手に島を作っていくじゃないですか。お金も2000万ベル(=お金)近く貯まってくるとね「これからこの島をどうしようかな」とかって、色々と考えちゃう。あと「島クリエイター(島の地形を自由に改造できる機能)」で何かしなきゃなんないんだけど、その構想が湧かないんですね。設計図かなんか引かねえと」

――「面倒じゃないですか?」と冗句混じりに投げかけると「そりゃそうですよ(笑)!」と、この日一番の強い口ぶりで返ってきた。
「だから『あつもり』もスーパーマリオみたいに、途中でぶん投げちゃうかもしれない。でも少なくとも、今日も帰ったらやりますよ。まずは案内所(島の生活の拠点となる施設。インフラ整備や物の売買など、ゲームを進めるための中心的な役割を担う)に行かないと。普段はYouTubeを見ながら一人でやっているんだけど、そのYouTuberが、私より若いのにハゲたおじさんでさ。実況ってやつですかね、でもそれが全然参考にならないんですよ。面白いから見ているだけでね。俺から言わせればその人、何も知らねえの。研究心が足らねえんですわ。私はね、困ったことがあれば知り合いに聞きに行くんですよ」
――てっきり職場の「あつもり」仲間だと思ったら、どうやら違うそう。ここでも坂本さんは笑い飛ばしながら、べらんめえ口調で続ける。
「タクシー業界にそんな仲間はいないですよ。知り合いっていうのは、中野坂上のファミマでバイトしているねえちゃんと、近所のスタンドでバイトしている大学生のにいちゃん。二人とも仕事中は、そんなに話せない。そのかわりにLINEでいろんなことを教えてもらっていて。たださ、その見返りも大変なわけよ。仕事中に一万円札を崩す時に、姉ちゃんが働いている中野坂上のコンビニで何か買ってあげたりしてさ、私なんていいカモですよ。スタンドの兄ちゃんもそうだよ。行くたびにごちそうをしなきゃいけない。レッドブルだカフェオレだって。カフェオレなんて缶じゃなくて、あのプラスチックの容器でストローを挿して飲むやつあるでしょ、ちょっと高いやつ。あれだもん、金かかるよ。これが最低週1回。もう4年くらい続けてるよ」

――話し足りなさを感じつつも、タクシーは自宅前に到着したので、料金を支払いつつ今日の仕事後の予定を訊くと、やはりあのぶっきらぼうな口ぶりで。
「そりゃ『あつもり』ですよ! もうね、今日はお兄さんでおしまい! これから事務所に帰って作業して、終わったらすぐ家ですよ。もうやることがたくさんあって仕方ないんだから(笑)」
言葉こそぶっきらぼうだけど、話せば話すほど不思議な温かみを感じた坂本さん。家族のこと、生い立ちのこと、まだまだ訊きたいことは山ほどありました。でも限られた時間と空間だからこそ、すべてを知れないまま別れる。それもまた、タクシードライバーインタビューの醍醐味なのかもしれません。
